土地家屋調査士の担う社会的使命

               土地家屋調査士  辻   博 史

               
 土地家屋調査士制度が発足したのは、私が生まれた昭和25年のことでした。不動産の現況を最初に確認しようとしたのは太閤検地で有名な豊臣秀吉でしたが、その450年後に専門職能としての土地家屋調査士が発足いたしました。土地の現況を認識しようと言うのは土地に税金を賦課する立場からの発想であって、決して国民の立場に立ってのことではなかったわけです。もちろん、当時から、否、明治政府になって現在の登記簿の基礎となった土地台帳制度における測量においても、実際に測量に従事した者たちは、その結果によって税金が課せられることを知っていたので、現在もしばしば言われるように「縄延び」といって実際よりも少な目に測量をしていたようです。特に山林や原野においては、とてつもなく少なく登記されている土地があります。
 さて、為政者の立場での測量が主流であった時代から一転して、国民の権利意識と測量技術の向上に伴い、より精度の高い測量図の作成がなされるようになり、自分の土地の範囲を明確にしようとする、国民主体の測量へと、流れが変わってきました。例えば、地積の更正(実際の面積と登記簿面積を合致させる)の登記や土地の分筆の登記の際には、必ず隣接土地の所有者の立ち会いを求めて、相隣接する土地所有者との合意の上で、その境界を確定した上でなければ、これらの登記をすることができません。もちろん、その隣接する土地が官有地である場合には、その土地の所轄庁に「官民境界確定申請書」を提出の上、境界の確定を求めなければならないことは言うまでもありません。この様な場合に、隣接土地の所有者から立ち会いを求められた時には、隣接土地との境界を確定する作業に協力をしていただきたいと思います。土地というものは、相隣接する境に明確な標識(コンクリート杭や金属標など)がある場合と全く存在しない場合があります。たとえ、木の塀やブロック塀、植木などが存在する場合でも、そのどちら側が境界であるのかが明確でない事例がしばしばあります。しかしながら、土地の境界の間には無主の空間が存在することはありませんので、隣接土地との境界を確定することは、自分の土地の範囲を明確にすることに他なりません。
 このような時に、私ども土地家屋調査士の経験が活かされることになります。どの辺りの田圃では、畦がどちら側に所属するのか、あるいは、どの地区には古図が存在して、それに寸法が入っているのかなど、長年の経験から探し出すべき資料を指摘することになるわけです。言い換えれば、自分にとって、的確な資料の存在を知っている範囲がその土地家屋調査士の業務区域と言うこともできるのです。土地家屋調査士の資格があっても、全く無知の土地について適切なアドバイスをしたり、判断を下すことは困難であるからです。
 さて、国民のサイドに立った土地家屋調査士は、いかにあるべきかを若干考察してみたいと思います。最初に述べましたように、かつては租税の徴収のために為政者が土地の測量を行ったものでありますが、今では誰もが土地家屋調査士に自分の土地の範囲を確定し、測量を依頼することができる時代となりました。土地には明確にその土地の範囲を示す基準がありません。というのも、不動産登記制度の中で地積測量図の提出が義務づけられたのは、昭和35年に土地台帳法が廃止され、土地登記簿と土地台帳が一元化されて以来ということになります。しかしながら当時の地積測量図は、単に測量した土地の形状を図化しただけのもので、その図面を現地に持っていったとしてもこれを復元することは殆ど困難なものでありました。極端に言えば、提出されている地積測量図を東に10メートル移動させようが、南に10メートル移動させようが、どのようにでも復元することが可能なものだったわけです。これは現地に構造物を設置する時に仮に1メートルずらせて(故意であると否とに拘わらず)作ったとしてもその事実を判定することが困難であったわけです。これが昭和62年の不動産表示登記事務取扱基準の改正によって引照点の記載が求められるとともに、境界点に設置されている境界標の記載が求められるようになり、地積測量図の復元性は大いに向上いたしました。このことは土地の価値が上昇したことによるものだけではなく、国民のサイドを見つめた手続き基準の改正であり、このことによって土地家屋調査士の業務の重要性と責任が益々高まったと言えるのではないでしょうか。
 今や宇宙を飛ぶ人工衛星を利用した測量技術に手が届くところまで参りました。昔は三角点を唯一の国家座標の基準と考えられてきたものが、全国各地に張り巡らされた各種基準点を利用した測量でないと将来に禍根を残すような時代が来るものと確信いたしております。阪神・淡路大震災に際して土地の復元が大いに問題となったように、いつそのような災いが私達の周囲に起こるとも限りません。その時になってあわててることのないように常日頃から対処の方法を考えておかなければならないのではないでしょうか。
 私達土地家屋調査士に求められているのは、将にこの点にあるものと信じてやみません。不動産登記のコンピュータ化に求められるものは迅速な登記処理でありますが、その前にあってより一層の土地の範囲のチェック機能を果たしていくのは、土地家屋調査士をおいて他にはないと言えます。予防医学が今後より一層求められるのと同様に、自らの重要な財産である不動産の現況を公示するためのお手伝いを常日頃から土地家屋調査士にご相談いただき、争いのない社会建設の手助けをして参りたいと思っております。
 

                                     平成10年4月